人が人を救う(II)
いいかげんこの話題も終わりにしよう。だから土曜日だけど、パニ週間の締めくくりにブログを更新してみる。でも、ちゃんとカテゴリとしては残して「こんなことしたらパニに効いたよ〜」、「こういう恰好はパニを起こしやすいよ」みたいなパニ仲間への情報はたまには発信しようと思う。実際、私もとってもいいパニっ娘ブログをちゃんと見つけてるのだ。それよか、翻訳情報を増やせという話だが。

実は、昨日来客と書いたのは顧問税理士の先生だった。そもそも、私がその会計事務所を選んだのには何も具体的な理由はない。家の近くということの他には、HPで何となく事務所の人柄(?)みたいな雰囲気に惹かれたせいである。心療内科を選んだのとまるで同じ。ただ、法人化に当たっては、税理士さんも知らぬわけでもなし、友人をたどれば紹介もしてもらえたであろうが、自分1人で最初からやってみたかった。女1匹独立宣言。そして訪れたE会計事務所(現事務所)で相談後法人成り即決。そう、思い立ったら結構私、行動派の漢であって、イジイジウジウジの今の私はパニのせいだと思ってほしい(本当?)。

そして、だんな様が転勤した名古屋から大阪に舞い戻ってきたのを機に就職活動をしていたNちゃんと(Nちゃんについては昨日のブログを参照)、ちょうどハローワークに求人を出していたE会計とを結びつけたのは私である。今思うと人の縁って大事だよなぁ。これって人徳〜(爆)

代表のY先生はNちゃんから私が大事な相談をしたいから家に来てほしいと打診を受け、やってきてくれた。事務所に顔を出すことはあっても自宅に呼びつけることは初めてだったから「会社解散か!」(笑)と慌ててやってきたのかもしれない。ま、実際には超極小の私の事務所などクライアントから消えてもどってことはないのだが。

そこで、またまたまた迷惑この上ないことに、先生が何時間でも時間を取るというものだから、1年半を遡り、今までの経緯と現状についてお話しした。

パニの原因は探りようがない。というか探っても仕方がないという考え方もある。しかし、会社を立ち上げ、しかも意外と好調で、予想以上に忙しく頑張ったことが一因と言えないことはない。ワークライフバランスなどというカッコイイものではないが、私は仕事もやるし、一方では趣味も遊びも楽しみたいと考えていた。ワーカホリックには決してなるまいと。でもUさまやC嬢と同様、仕事ってはまるとやっぱり楽しい。やればやるほどきりがない(このネタについては別の日に譲る)。結局何もかも手に取ろうとして、私は自らのキャパを超えてしまったのだ、というのが一応自分なりの今の結論とした。

先生は、法人化するにあたって、一つのノルマ(目標?)のようなものを設定してくれた。意外と仕事の面だけでは完璧症なとこがある私はそれを金科玉条のように受け取っていたのかもしれない。ノルマは達成できるとすごく嬉しい。その逆で達成できないとちょっと焦る。焦ろうが焦るまいが仕事は来るときは来るし、干されるときは干されるものだ。営業努力を除けば、運が大きく左右する。おまけに従業員を食わせているわけではないのだから私など経営者のストレスなど本当は対して受けているはずがない。今もそれがパニの引き金だったのかどうかはよく分からない。だって楽しかったし(辛いこともそりゃあるけど)。でもとりあえず、そのノルマというか目標をあえて設定しないでくれとお願いした。当分、給料は現状維持として、売上はまだ落ちるだろうし(実際にさすがにこの1年はやや下降した)、意外とあまり変わらずイケるかもしれない。けど、1番効率的な給料の算定(設定)は半年くらい様子を見てくれと頼んだ。「効率」は今はいいと。

先生には何の責任もないのに、僕が悪いことを言ったのかもしれないと謝った。先生は私とほぼ同年齢の男性である。
「赤字だっていいんですよ。事務所には何の迷惑もかかりません。○○さんの身体が1番です。のんびりいきましょう」と励ましてくれた。もちろん経営者の人々をたくさん知ってる方だから、どんなにカッコよく肩で風切って歩いてる社長も裏で苦しんでいるかを教えてくれた。そのとおりだ。2時間以上、いろんな世間話をして楽しんだ。
「僕だって半年前の僕よりももう体力が落ちてる。仕事なんて辞めてやる、と思ったりする。そうはいかないけど(笑)。みんなそうだって」と。
E会計、いい事務所だよ!(宣伝) 会計士の他にカウンセリングまでさせてる。

大げさだが、最近ものの見方がちょっと変わった。何か小汚くなったなぁと嫌いだった清原の最期を見て、野球というよりエンタメじゃん、金儲けかよ、と以前なら思ったであろう私が、ぶざまな姿をさらけ出してる清原にウルウル来て、よく頑張ったよとハグしたくなっている。さすが、最近よくぶざまな姿をお見せし、箱の向こうの皆さまには読ませさせているKYOKOである。

でも、明日になったら、またクローゼットの中身を探りながら、外を肩肘張ってツンケン顔で歩いてるのかもしんない(笑)。人間ってそう簡単に変われないものだ。


追記:久々にちゃんと外に出て、ジムに顔を出して「歩いた」。いろんな人が「久しぶりだね〜。長く顔見てない気がする」と声をかけてくれるので「旅行行ってたんだよ」と答える。「どこに?」と聞かれて「高知」と答える(目の前はがくっとした顔。せめてハワイくらいと予想したんだろう)。でも「太平洋は綺麗だったよ♪」と笑って言えた。だって本当だもん。


【2008/10/04 23:02 】 | パニック障害 | コメント(6) | トラックバック(0) |
人が人を救う
「愛は地球を救う」をパロったが、書いてみると本当に、嘘臭ぁ〜。

昨日はまたかなりの数のアクセスをいただいた。そんなに人の不幸は楽しいのか〜?(笑)。個々へのコメントは後にさせていただくね。だから、後日談をやっぱり書いておかねば収まりがつくまい。

あれから、心療内科に行ったところ、予定は押せ押せのようで(いいよみんな、ゆっくり悩みは話したまえ)、30分ばかり待ってもらうことになると聞き、近くのNちゃんのところに押しかけた。相変わらず迷惑この上ない。Nちゃんは私が大阪に来て、初めてできた知人を超えた友人である。幼稚園の子供を抱えて仕事をするという頑張り屋のママだ。最近はなかなか御母堂の入院などもあって会えずに、新居にも何度かお誘いしたがまだ来てもらっていない。でも、何だか相思相愛の遠距離恋愛の恋人のように(完全なる片思いかも)、会えなくてもどっかでつながってる気が勝手にしてる。だから、ずっと声を聞かなくても平気だった。

でも、その日はNちゃんの顔を見ると、どっと涙があふれた。これ、よく考えれば、PDよか更年期っぽくね?Nちゃんは上記のように私よりもずっとずっと大変で、同じく旦那様も多忙で、転勤してまた大阪に戻ってきて、引っ越しも全部1人で切り盛りして・・・ともかくキュートなルックスに似ず異常な頑張り屋さんなのだ。「ぽきっと折れちゃわないといいけど」と、この私が(!)心配していた。

Nちゃんはちょっとだけ慌ててティッシュとお水を持ってきて、「ブログ読んでたのに連絡もしないでごめんね」と言ってくれた。それに引き換え、私は自分の情けなさやら不甲斐なさやらでますます泣けてきた。「KYOちゃんはそのままでいいんだ」と内科へ送り出してくれた。

心療内科の先生って私のイメージでは国語か社会の先生みたいで、優しげで会った瞬間に人を和ませるような風貌で語り口かと思っていたけど(前の頭痛外来の先生はまさにそんな感じで、先生に会うと安らいだ)、今度の先生はちょっと違う。言ってみれば、数学の先生みたい。いつも私がややハイに入るせいか、がーっと話すと、う〜んとちょっとガリレオの福山風に(顔はまるで違う)首をかしげて、静かに論理的に話の筋道を戻していく。医師恋症候群などではないが、何だか気になる人だ。そもそも精神科の先生ってどんなタイプが多いの?

今回、最悪の旅模様を長々語った後、先生はくしくもダーと同じようなことをおっしゃった。
D「でもね、何も失敗していないよね。君は電車に乗って、飛行機に乗って、車に乗って、その逆もちゃんとこなしてきた。歯が痛くなったのは単に運が悪かった。そう、運が悪かった旅っていうだけ。PDは治ってるようなもんだよ」
私「でも、でも、何回も発作が・・・吐いて・・・寝てばっかりで・・・」
D「吐くのは辛いから治したいね。それを治そうよまず」

以前は頭痛がひどかった。切々とPD発作の苦しさを訴える先生は同じように、まず頭痛を治そうよと本当に頭痛を相当軽減してくれた。器質性の疾患がないのだから、胃が治れば、PD寛容への道が開けるのだろうか。医学的な療法についてはここでは言わずにおく。

「すぐに泣けるんです。こんなことありませんでした。私、鬱じゃありませんか?」と私は何度も聞いた。鬱の人がどうこうというのではなく、こんなに精神的に辛いと私が思うなら、鬱の人はどんなにか苦しいだろうと想像して、可哀そうで、そして怖くなったからだ。

先生は即答した「君は鬱じゃありません」
なぜか、前の先生も(頭痛外来は心療内科も一応兼ねていたのでそっちのテストも受けた)「あなたは鬱じゃありません」と言った。
D「ただ、考えすぎてるだけ。『ありのまま』でいいんです」

出た〜!『ありのまま』

ダーもいつも言う。「ありのままでいいんだよ。流されるままに生きようよ」と。でも、「ありのまま」に生きるって本当はどういうことだろう、単なるわがまま?流されっぱなし?ありのままじゃない私って?(だから〜、そこが考えすぎって言われるの?(笑))。

先生は「お薬増やしとくね」と言ったので、「抗不安薬の種類もしくは増やされたのかなぁ、それともやっぱ抗鬱剤かも」と思ってたら、単なる吐き気止めをいっぱいくれただけだった。

でも、Mちゃんの言葉も、先生の言葉も、そして他の友達がくれた数々の言葉も(特に、Iちゃんが「KYOちゃんは1人の夜が多いからね。どんなことでも何かあったらすぐにうちの人を行かせるからいつでも電話して(Iちゃんのだんなさまはマッチョのレスキュー隊員さんです)」と言ってくれた言葉はお守りにしてる)、もちろんゲロ吐き(笑)ブログにコメントを下さったブログ友の言葉も、今日は私に暗雲の中の一筋の光のようなものを見せてくれているような気がする(また、大げさな!)。

PS.日本PD協会の関西のお偉いさんを知っているから連れて行こうかと言ってくれたHちゃん。ありがとう。今全国のTVにも講演にも何度も出ている彼女は2年間1歩も外へ出られなかったそうだ。

とりあえず来客予定なので今日はこの辺で(まだ続くか〜)。実は美容ネタや買い物ネタも少しずつたまってんだよね〜。


【2008/10/03 10:52 】 | パニック障害 | コメント(2) | トラックバック(0) |
絶賛愚痴警報発令中!
自分がつゆほども強い人間だとは思っていなかった。むしろ打たれ弱い人間だ。だから滅多に勝負にも出ない、というか勝てない勝負は出ない(←これ、B型指南書に出てて、あまりに当たってて笑えた)。マイウェイマイウェイ。あれ、単なるわがまま?(笑) でもこんなに弱っちいやつとも思っていなかった。

仕事はもちろん別だ。誰でも分かるだろうが何年も仕事をやっていれば、何度も頭を打たれて打たれて鋼の心を手に入れ成長する(あくまで当方比)。それがどんなに小さな仕事でもビッグプロジェクトでも(関わったことがあるんかい)厳しい言葉や態度にめげていては仕事はできない。ある意味、愛情あるいは修行だと自分を納得させる。お金を儲けるのはそういうことだから。

だが、プライベートはやっぱり別かもしれない。私にとっては公私の間に大きな壁がある。公は仕事を指すだけの言葉じゃない。言い換えれば建て前と本音だ。そこまでなし崩しになれば、生活までぐちゃぐちゃになってしまうだろう。公の部分では一応普通に対応し、普通に仕事し(無茶してないよ)、普通に買い物し、毎日を過ごしている(つもり)。公の打撃は公の打撃で押しとどめる。でも女の子だもん(笑)、涙も出ちゃうけど。

でも、昨日は「私」の部分でけっこう凹み落ち込んだ。ある人が発した、たかが、本当にたかが小さな言葉に心の奥まで打ち抜かれた。もちろん悪意からではない(と思う)。でも、今回だけでなく、何かの拍子に彼女の言葉に、元気なときはイラッとくる程度で済ませられるものが、現在の状態では否定的には取るまい、肯定的に取ろうと思うがゆえにますます辛い。できる限り自分を遠ざけたい。蓋をしたい。でも、時に顔を出す私の中のいい子ちゃんがそれを邪魔をする。現実の私はB型らしく、フィーリングの合わない相手とは見事に距離感を置くのだがな。

この1年半の体調不良と悲惨な(笑)旅でも、当然友達にもだんなさんにも愚痴り、苦しいながらもある程度は消化し発散できてた気がしたが、昨日は初めて突然友達に長電話して心情を吐きまくった(ウザ!ここで謝っても仕方ないけどごめん!)。どうしても今、この今、だれかにこの心情を打ち明けないと耐えられないと思ったからだ。

いつもように深夜帰りの彼に、ちょっと乱暴に愚痴を吐いた。珍しく彼が「辛いのは君だけじゃないんだよ、周りをご覧よ」と私を諭した(ほら、どれだけ甘やかされてるか、そういや確かこんな題名のドラマがあったなぁ)。

そして、朝、このブログを開けて、皆さんの暖かなコメントを読んで少し心が和らいで涙ぐんだ(またかよ)。体調だけなら枕を抱いて耐えられることが、過敏になった神経には心が耐えがたいのだ。まるで「励ましの言葉だけ、共感の言葉だけ、もしくは楽しいことだけくれ」と同じようなことを言うのは、この年齢になって言うのも恥ずかしい、実に甘っちょろい自己憐憫だとは分かっている。そして、もちろん、それを皆さんに強要していないことだけは分かってほしい。だが、甘い殻に逃げ込もうとするのは、PDを治すために心をしなやかに鍛えなければならない自分にとって逆効果なのだろうか。

今日はラッキーにもこれから病院の予約が取れているので大丈夫。おまけにピーカンだ。お散歩代わりに歩いていこう。胃が悪くなるので、ちゃんと朝ご飯食べてからお薬も飲んだ。しかし、歯はしつこく痛むな〜。


【2008/10/02 10:27 】 | つれづれ | コメント(13) | トラックバック(0) |
友あり 遠方より来たる、 また楽しからずや
読む方が痛いやら辛いやら、UTOCO記にお付き合いありがとうございました(再度言いますが、UTOCOは豪華なリゾート地と言うより、静かに心をいやす素朴な素敵なホテルです!)。私はこのブログをたまに自分のゴミ箱(=ゲロ吐き袋(失礼))とするときがあって、それで気持ちが少しはすかっとまではいかなくても整理されることがあります。苦しみつつ書いているのではないのでご心配なく。

そして、温かいコメントを下さったみなさん、それに心の中で応援してくださってるみなさん(おめでたいな、おい)、感謝の一言です。ある人が私の生活を指して奇しくも言った「華麗ライフ」−どこからそんな印象を受けたのかは全く不明−とは離れつつも、別の意味での「素敵ライフ」を模索している次第です。


ところで、というかこれが本題。昨日TOKYOより阪神応援にわざわざ甲子園までいらっしゃったCさんが我が家を訪問してくれました。Cさんとは私の旧「翻訳者つれづれ日記」で縁が縁をたどり、私が彼女のブログファンになったことから勝手にネット友とさせていただいています。

本来ならば「食い倒れの街・大阪」を満喫してもらおうと、グルメ王、kazuさんやりょうさん、セレブグルメ女王ぱりぃちゃん他食べ歩き友たちのお知恵を借りていい店を確保したかったのですが、あまりの様々な出来事に適当に(笑)大阪のイタリアンなら一応ここも行っといても悪くないかもと「モード・デ・ポンテベッキオ」を予約しました。ああ、しかしご存じのとおり、パニの悪夢を引きずり、ぱっくり割れた口ではランチすら楽しめません。キャンセルしました。

というものの、C嬢をこのままTOKYOに帰してはハラキリと、鍵コメ様ご推薦の本と薬をバッグにしまい込み(読んでますよ〜。でも内容はなかなかマスターできません・・・)梅田までC嬢をお迎えにあがり、我が家においでいただきました。そこは大阪女の心意気。手に入れたばかりのヴィヴィアンのワンピに初めて腕を通しましたよ。しかししかし、出したものは京樽の持ち帰り寿司、なんだそれ。せめて持ち帰っていただいた福島名店「一芳亭」の焼売と、「倉敷味工房」の塩だれ(高知産の塩とゆずの香りが美味)と、北摂マダムのスイーツと言えばココ「ムッシュマキノ」のロールケーキをTOKYOのご自宅でじっくりとご賞味いただき、シュウウエムラのディープシーウォーターで肌を潤してくだされば・・・・と、おもてなしの代わりとかえさせていただきました。C嬢、熱意だけはしかと受け取ってください。

Cさんの印象は、ご自分でも行っていたとおり、TOKYOの方というより(TOKYO人もそりゃ様々だよね)、お母堂の遺伝子を受け継いだはんなりした京都人に近いものを感じました。さすが、某社のマドンナ。どうせ試合中止なら夜まで語り明かしたかったですね〜(実は痛み止めの飲み過ぎで私が超眠かった)。しっかりお互いにブログで性格も生活も知りあっていたおかげで話がはずむこと、はずむこと。ちゃんとしたオフ会って参加したことはありませんが、ネットのオフ会って意外と楽しいのかも。

出会い系サイトみたいな悪い部分がクローズアップされますが、リアル友にはリアル友(一応、実際にちょくちょくあってしゃべると友人のことを定義)の良さが、ネット友にはネット友の良さがあります。実際、私のブログを知らないリアル友がこれを読んで「はっ」とすることってあると思うし。それがいいとか悪いとかではなくて。長くブログを読んでいると、その人の人間性って絶対に透けてくるし、自分との相性も分かってきます。

実際の私を見て話して感じてもらう私も私、ネットで心情の一端を吐露してる私も私。どっちも真実でどっちも少しばかりの意識的および無意識的嘘(or虚構)が交じってます。

あ、また長くなってきた。最後にC嬢ありがとう。お仕事今日も頑張ってください。そして、お茶くらいしか、本当にお茶くらいしか出さない(後は出前でいいじゃん)かもしれないけれど、ご希望の方は、猫アレルギーじゃなかったら、我が家にお寄りください。ちゃんとミタもC嬢に挨拶してすりすりできました。


【2008/10/01 10:33 】 | つれづれ | コメント(10) | トラックバック(0) |
UTOCO旅行記(III)−旅で得たものは
早朝4時激痛にて目が覚める−−ここで前日のブログは終わったはずだ。

激痛の正体は「歯痛」であった。前にも書いたと思うが、私には奥歯に1本鬼門がある。手術までして抜歯を食い止める措置を取ったものの、進んだ歯周病は今のところ不治の病である。メンテナンスを欠かさず、気をつけているつもりが、疲れや体調不良で時に疼きだす。それもこの1年はメンテのおかげかすこぶる好調であった。

ところがだ、ヤツは私の弱みをここまで知りぬいていたか、心身ともに襲う極度の緊張による疲れからであろう。恐ろしいことにこの歯の歯茎が腫れ始めた。

時は4時、ホテルのスタッフを叩き起こすことはできない。一睡もできぬまま7時まで我慢し、フロントに飛び込んで鎮痛剤をもらった。もうプールだ何だと言っている余裕はない。バファリンを飲みベッドに伏せる。

またもや揺れるバスに乗り込み、空港に着いたのが3時。歯茎はどんどん腫れ続けている。見かねた空港職員が救護室を手配してくれようとしたが一杯で(そんなに病人が飛行機に乗るのか)、急遽事務室が救護室に代わる。と言ってもベッドなどなく深椅子に座るだけだが静かなのがありがたい。朝から飲んだ鎮痛剤8錠は全く効く気配がない。ついに大阪の行きつけの歯医者に電話した(土曜3時半)。

私「先生、我慢できません。どうしても入れていただけませんか」
D「う〜ん、3時40分なら」
私「ここは高知です」
D「ええっ・・・7時には来れますか?」
私「絶対に行きます!」

4時発高知−伊丹。歯医者には間に合うのか。いや、その前に飛行機だ。パニ発作始まる。

KYOKO搭乗口で飛行機が怖くてぼろぼろ泣く。(40女がだ)

伊丹5時前、自宅着6時、ミタは7時に病院まで迎えに行かなければならない。荷物を慌てて部屋に下ろして、だんなさん車を走らせる。6時半ミタを引き取り、車に乗せたまま、歯科医院に向かう。JUST7時。

D「ああ、急性膿瘍だ(医学的説明省略)。ゆっくり治す?痛くてもすぐに治す」
私「火曜に人と会うんです。急いでください」
D「痛いよ、でも我慢してね。」

ここからグロです、ご注意。小さな卵状に膨らんだ腫物に麻酔を(多分)数本打ちこむ。麻酔がもう痛い。そもそもその麻酔が効かない。数分待って、先生、メスらしきものを取り出す。腫物にメスがざっくり入る。血か膿か一斉に口内に吹き出す。

だんなさんは待合室で「グエ」という音を耳にし、私が吐いたかと思ったらしいが、これはえびぞった私の悲鳴だった。

お金を払って駐車場に歩くのに既にふらつき、痛みで朦朧とする。

KYOKO頬に手を押しあてぼろぼろ泣く(40女がだ)。

ロキソニン(強力鎮痛剤)を2錠飲み、1時間後やっと人間に近づき、様々な思いが渦巻いてきた。
「ホテルを勝手に選び、大枚はたき(15万は今の私たちにとって大金だ)、大抵の時間ぶーたれた顔をした女と一緒で、しかも寝てばかりいて、この旅行、最低最悪だったよね。ごめんね」とさすがに私もだんなさんに申し訳なくどん底近くまで凹んだ。

でも彼は「そんなことないよ、行ってよかったよ」と言ってくれた。
1.飛行機に乗れたじゃん。
飛行機に乗れたくらいだから、電車なんてへでもない。パニ治りつつあるよ。ま、最初から飛行機はやりすぎだったけど。
2.太平洋眺めながら良く寝たなぁ。俺、癒された(嘘ぉ!!)。
3.やっぱ家はいいよなぁって思えるし(笑)。

KYOKO優しい言葉にぼろぼろ泣く(40女がだ)。

そもそもおまえのバルサンの遅刻が・・・という言葉は胸にしまった。この旅は、もちろん最高の旅じゃなかったし、意外と最悪の旅でもなかったのかもしれない。「思い出に残る旅」のジャンルに入れておこう。(完)

追記:いまだに数時間おきにロキソニンを手放せないが、歯痛もいつかは治るだろう。ま、最悪諦めて抜いちゃえばいい。パニもいつかは私の元を去る日が来よう(というか来ることを願おう)。

【2008/09/30 17:00 】 | 旅行・グルメ・いろんなお店 | コメント(16) | トラックバック(0) |
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