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30年前のシミ
nobaraさんのところから訪問してくださった方々にはすみません。翻訳のお仕事の話については、なかなか自分の意見が上手くまとまらないので、もう少し時間の余裕があるときにアップしますね(汗)。試行錯誤の連続で、その時々で自分の意見も変わってしまうので書けないかもしれません・・・。nobaraさん、私も優柔不断で日和見なんですよー。



さて本題。桜宮高校バスケ部の最近の報道を読んだり見たりしていて、中高時代の体育会系部活のことを思い出しました。実は私が所属していた部も顧問の先生が体育教師だったんですよね。

今までの学生生活の中で、運がよいのか悪いのかよく分かりませんが、特段嫌いな先生もいない代わりに、特段大きな影響を受けた恩師と言えるような先生もいなかったというのが感想です。人間的に立派だと尊敬していた先生や、女子高生として憧れていた先生はおりますが。でも唯一、本当に嫌いだったのは件の体育教師S先生です。

彼は人が体育教師といって想像するようないわゆるステレオタイプの体育教師で、威圧的な熱血型教師でありました。さすがに女子に手をあげることはありませんでしたが、後ろから何度ボールをぶつけられて痣になったことか。ある意味、素手よりも痛いです。

私はスポーツ自体は大好きで、部員仲間とも仲良く、そこそこ楽しく部活動を続けていました。でも、ONE FOR ALL, ALL FOR ONEの精神(この精神自体はとても大事です)で一致団結し一つに燃え上がる「ルーキーズ」風な体育会系ノリには相入れず(ほら、実は文学少女だから(笑))、The 体育会系の先生とは最後まで通じ合うことのない部活生活を過ごしました。昔はデータよりも「水は飲むな」式の非論理的な練習方法がまかり通っていたんですよねぇ。一方でS先生に心酔し可愛がってもらうメンバーも多数存在しました。
(注:もちろん団体スポーツの苦しい練習や様々な人間関係を通じて、大きな感動と喜びを得られた場面もたくさんあったし、楽しい思い出もあります)。


ある日、部室に呼ばれたところ、いきなりS教師は私の髪を引っ張り、

「色気づいて、この髪は何だ!」

と半分にやつきながらライターを私の髪に近づけました。当時は聖子ちゃんカットが大ブームで私も例にもれずクルクルドライヤーを使ってレイヤードヘアをしていたんですね。本当に燃やされるんじゃないかと恐怖におののいたのを今でも鮮やかに覚えています。

きっとボールをぶつけたことも指導の一環で、先生にとっては単なる日常の一コマにすぎず、ライターで髪を燃やすなんてことはするつもりもなく、脅かし半分冗談半分だったと思います。そのころの初心(笑)な私はプルプル怯えて立っているだけでした。彼に言わせると、何もかもが私の大嫌いな言葉「愛のムチ」なのでしょう。残念ながら私は愛なんて一度も感じたことはなかったですけど。



    ★    ★    ★



それからほぼ30年後の数年前、過去の部員を百人以上集めた「S先生を囲む会」が開催されました。S先生にお会いしたい気持ちは全くありませんでしたが、久しぶりに学友に会えることを楽しみに参加を決めました。その場でS先生がこう爆弾発言をしたのです。


「つい先日、癌の宣告を受けました。近く手術を受ける予定です。最後に皆さんにお会いしたかった」

癌になったことは可哀想です。人生をかけたであろう教え子たちに会いたいという気持ちも分かります。しかし、この場で皆の前でそれを発表したことにすら、私は一種の違和感を感じずにはいられませんでした。


その数ヶ月後、先生が亡くなったことを先生と親しくお付き合いを続けていたキャプテンからのメールで知らされました。そのとき、私の心はびくとも動きませんでした。私って結構執念深くて依怙地なんだなと「人としてどうよ」と我ながら悲しくなりました。


30年も前のこと。だけど、少女の頃の心に残った憎しみという黒いシミはなかなかきれいに消えないものです。薄くはなっても白に戻ることはないでしょう。

先生は私のことなど全く覚えていないようでしたが、

「先生、よくなってくださいね、手術の成功を祈っています」

と言ってあげたらよかったのでしょうか。なぜかそんなことを桜宮高校の報道を見ながら考えています。




【2013/01/16 09:12 】 | 時事社会 | コメント(4) | トラックバック(0) |
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コメント

S先生は、きっと、KYOKOさんの覚えておられる様々なことを忘れておられたと思います。S先生の中では、それは日常の生活指導の中のひとコマに過ぎなかったのだと。たとえば、心無いひと言を、言われた方がずっと傷として持っていて、言った方は綺麗さっぱり忘れていたってこと、結構ありますよね。そんな風に、特に意図した訳ではなく相手の心に傷を与えていたかもしれないってことは、自分が逆の立場にならないと、なかなか思い至らないものです。その先生は、あまり「自分の立場」からしか人を見ることができなかったのではないかと。ある意味幸せな人だったのだなあと思います。人間的深みという点ではどうなの? という気もちょっぴり致しましたが。
最後に「よくなってくださいね」という言葉を掛けられなかったKyokoさんは、「あるべき大人の振る舞いではなかったのではないか」と思っていらっしゃるようにも見受けられましたが、今回のことは「でもこれが私の正直な気持ちなんだもの」とそんな自分をそのまま受け入れられて宜しいのではと思いました。
そうやって、アレコレ思いを巡らされている時点で、KYOKOさんは、「相手の立場からものを見る」「自分の外から自分を見る」ということをなさっていると思うので、「自分の立場からしかものを見ない」道を行くことはないかと思います。
...とエラそーに言って、Sayoは去っていくのであった。
【2013/01/16 15:18】| URL | Sayo #RwF7odmQ[ 編集] |

★sayo様

何ともコメントしがたい鬱々としたネタにコメントしていただいて感謝です。

いじめなどの問題に代表されるのでしょうが、やった(言った)方はやられた(言われた)方ほど心に残っていないものですよね。怖いことです。

ただ、威圧的で暴力的な、いわゆるオラオラ系は未だに苦手ですねぇ。しかしそれに惹かれる人間の気持ちもわかります。大阪の話なので注意深く事件の進展を見守っています。
【2013/01/16 22:32】| URL | sayo様 #-[ 編集] |

私も体育教師になるタイプ、オラオラ系、全く合いません。そういう男を好きになる人の気持ちも分からない。不思議すぎる。

日本って社会全体的に体罰とか大人が子供に手を上げることを許容しすぎだと思います。

そのS先生、サイテーですね。私が教職取っても実習で教師には絶対ならんと思ったのは、こういう人間が多くてウンザリしたからです。

【2013/01/17 12:09】| URL | mg #-[ 編集] |

★mgさま

そうですね。日本では、特にスポーツ界では体罰はいまだに悪しき習慣として残っているようです。軍国主義の賜物でしょうか。

恐怖で人を威圧する、あるいは威圧されるという習慣を青少年のときから叩きこまれていると、社会人になってもそれが抜けないんじゃないかと思います。一般社会に出れば傷害という犯罪ですからね。大変だと思いますけど。
【2013/01/18 08:41】| URL | mgさま #-[ 編集] |
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