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勘三郎さんの言葉
舞台が好き。洋も和も。鳥肌が立つような感覚が味わえるのはやっぱり生の舞台。最近になって特に歌舞伎がますます好きになってきた。

夏に勘九郎の襲名披露で「松竹座九月大歌舞伎」に行ったことが昨日のよう。そのときは勘三郎さんが見たかったなぁとただ残念に思ったが、こんなに早く亡くなってしまうとは予想だにしなかった。

俳優でも歌手でも、芸達者な人は多い、でも華のある人はそうそう多くない。残念ながら芸は磨けても華は半分以上が生まれ持った資質である。勘三郎さんは芸と華を兼ね備えた人だった。芸能人であろうとなかろうと、その人が現れると場がぱっと華やかになる人がいる。嫉妬も加わり敵も意外といるけれど、実際に会ってみるとその魅力に引き込まれるような人。私自身は、黙っているのにその場がふんわりと和やかになる人や、隠花植物のように、目立たないのに近くによるとその湿っぽい色気に引きつけられる人も好きだけど。


勘三郎さんの話に戻ろう。

特集追悼番組の中で、「型破り」としばしば呼ばれていた勘三郎さんがこのようなこと語っていた。

「型破りとは型のある人がやるから型破り。 型のない人がやったら、それは形無し」。

元々は無着成恭(むちゃくせいきょう)さんがラジオの「こども電話相談室」で話した言葉らしい。

歌舞伎とは何百何千もの型を覚える芸だろう。完璧に型をなぞらえることができて初めて、それを超えるイマジネーションや個性が生まれてくる。どんなこともきっと同じで、学生時代バスケット部だった私は毎日500本のフリースローを打てと言われてもちろん打たなかった(笑)。きっちりとした基本の型が身につけば、どんな体勢でも状態でもシュートが入る可能性が格段に上がるのだけれど、基本練習なんて嫌いな自分は格好いいシュートのスタイルなんかを練習していた。だから当然へたっぴのままだった。


急がば回れ。基本を侮るなかれ。

何事も土台を固めるのは多分少なくても10年くらいかかる気がする。でも逆に言えば、今からだって遅くないこともたくさんある。長いようでも短い気がする。



【2012/12/14 09:21 】 | つれづれ | コメント(2) | トラックバック(0) |
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コメント

普通のおっちゃんだけど、親しみやすい感じの人でしたよ。アリゾナに別荘持っていて、よく日本食売り場に来てました。
【2012/12/16 05:27】| URL | mg #-[ 編集] |

★mgさま

アリゾナ!に別荘が...

アメリカにも進出して、これからもっと歌舞伎を広めていける人だったのに、残念です。

女性関係はかなり派手な方だったようですが(笑)、素でも魅力的な人ですね。
【2012/12/16 12:24】| URL | mgさま #-[ 編集] |
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