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人と別れるということ
昨日は知人のだんなさまのお通夜に出かけた。30代半ばという若さでの突然死だ。少しでも彼女を力づけられる言葉が出てこない。かといって彼女を抱きしめてあげることもできない。こんなとき、本当に私は気の効かない人間だ。ただただご冥福を祈る。



少し自分語りをさせていただく。2年前に父親が急死した。当然ながら、死に目には会えなかった。しかし、突然であろうがなかろうが、肉親を失うということは言うまでもなく辛いことだ。彼女のように子供までもうけていればもう肉親と言って差し支えなかろう。

父親を失ったとき、自分の100%味方をしてくれる人間がこの世から1人消えた気になった。世の親子関係は様々な事件を見るまでもなく崩壊しつつあるのも一面だが、親子ほど強い絆でつながれる関係はそうそうないように思う。

たとえばだ、私がまかり間違って殺人くらいの大きな罪を犯したとする。それでも母親は私を見捨てないだろう。善悪を超えて私の味方に立ってくれるだろう。父親だってそうだ。決して私を見捨てない。もしかしたら姉もそうだ。これは甘い願望かもしれないが、ほぼ確信に近いものがある。

だんなさんは肉親を除くと唯一私の100%味方になってくれる人間だ。友人はとても大切だし、頼りにもなるけれど、そこまでの依存をする相手ではない。これはきっと甘いどころかお目出度い願望と妄想にすぎないだろう。でも私にとって大事なのは、そう信じているということだけだ。

もちろん上に書いたことは逆もまた真なりである。私もこの人たちの100%味方に立ってあげようと思う。

死はいやおうなく人と人を物理的に分かつ。たとえ生きているうちどんなに罵倒しようが憎かろうが死はすべてを終わりにする。もう取り戻せないのだと後悔だけが残る。母親は未だにその別れから立ち直れない。

お坊さんは「現世(うつしよ)は旅の途中にすぎない。縁(えにし)さえあればまたきっと巡り合う」という趣旨のことを式でおっしゃられた。輪廻転生を実は何となく信じている私である。


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【2008/06/06 09:12 】 | つれづれ |
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