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仮面をかぶる人々
友人と話しててそのまた友人の話にいつしかなった。子供を連れて家を出て、只今長期別居中らしい。偶然にも別の友達のそのまた友達の仮面夫婦の話を聞いた。もう数年来、家の1階と2階で自宅別居中とのこと。いずれの女性とも面識どころか名前すら知らず。

「仮面夫婦」--元々その言葉の定義が難しい。上記のように、どうしようもない用件以外は全く口もきかない、あるいは筆談で済ますような完璧なる関係もあれば、表面上はごくごく穏やかで、でも心の中では「私たちって仮面夫婦」と認識している関係もあろう。後者のパターンの奥さんは知っている。だんなさんは気づいているのかいないのか、おそらく少々の不安は持っているもののそこまでの危機感は感じていないようだ。

精神的にヘビーだなぁ、さっさとケリをつけたくならないものか、と話を聞くと最初はそう思う。両親とも好きな子供のために別れたくない、自分で働いて食べていく自信(or意欲)がない、事態の好転への希望が捨て切れない--別れない理由は人それぞれだ。借金やらDVやらで自分の身に直接危機が降りかからない限りなかなか決断はつけられないものだろう。

若い頃は良きにつけ悪しきにつけフットワークも思い切りもよかった。最初に付き合った相手とは「電話で話が続かなくなった」という適当な理由で別れた。自分の目の前にはまだまだ未来が大きく開き、いろんな人と出会い、いろんな経験をするだろうという期待があった。安定した会社もポンと辞めた。やりたい夢のようなものがあったせいもあるし、マンネリ感を覚えたせいもある。

「退屈」や「マンネリ」が耐えがたかった昔に比べて何てマンネリが心地よくなったことだろう(笑)。猫だ猫。マンネリの語感が悪ければ「安定」と言い換えてもよい。人は(いや人にもよることは重々承知の上)、生き慣れた安住の地から飛び出すことに躊躇する。年を重ねるごとにその傾向が強くなるのは当然だ。少しずつ衰え行く脳と身体とが新しいモノ(コト)を受け入れるのに昔よりも努力を要する。習慣やら変なプライドも邪魔をする。

それはふくふくと守られたアッパーな安定だけではない。悪安定の中からも人は抜けがたいものだ。最初にあげた夫婦2組も、言ってみればロウアーなところで安定してしまっているのかもしれない。離婚やら再就職やらの難関に立ち向かう前にある種の安定に身を委ねているのだろうか。何も愛し合い、睦みあうことだけが夫婦の関係性とは限らない。打算や人恋しさが夫婦をつなぎとめることもある。

絶好調の若いときの体調から少しずつガタが出始める。最初はもがいたけれど、下がったところで何となく安定してくる。そうしたら好調だった日常のことがちょっとずつ思い出せなくなる。「こんなもんかな、そう悪くないじゃん」と今を受け入れる。

何だか後ろ向き?な日記になってきた(笑)、ヤバイ。いや、そんなマンネリの中でマンネリ感から脱するために、ある人々は新たな趣味に熱中し、ある人々は火遊びを始める。私は家を買うことにした(のか?)。


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【2008/03/27 09:09 】 | つれづれ |
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