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みなしごになった日
先週の懇親会では同世代でテーブルを囲んだ。A嬢とは久方ぶりの再会で話が弾んだ。

この春に亡くなった母親の話をして、A嬢からもお父様の話をうかがった。この年代になると、状況は異なるにつれ、似たような体験を持つ人が増えてきて、お互いに心情を吐露しつつ心を慰められる。

Aさんが自分の母親の話をしてくれた(今もお元気)。母親がまだ50代そこそこのころ、自分の母(つまりAさんにとってはおばあさま)を亡くしたとき、

「お母さん、孤児(みなしご)になった」

というようなことを言ったそうだ。A嬢も変なことを言うと思ったという。


冷静に考えると、当時のAさんのお母さんも私もほぼ半世紀を生きて、もう既に立派な大人で、みなしごも何もあったものではないのだが、「みなしご」という言葉が本当に胸にすとんと来る。

朝起こしてくれたり、ご飯を作ってくれたり、身の回りの世話をしてくれたり、そんなことのためには母親はずっと前から必要ではない。でも、ふと何かに行き詰まったとき、心の底から信頼できて味方になってくれる存在はもうどこにもいないのだ。(まあ夫も信頼しているけれど所詮は他人(笑))。


なぜかある単語をググッていたら自分のブログがヒットした。「永遠の味」という日のブログ。

帰省したときにお母さんがちらし寿司を作ってくれて、帰りに手造りのおかずをタッパーで持たせてくれた日のこと。

母親を思い出すと少し泣きたくなる。でも、父親を思い出すと少し笑いたくなる。なんでだろう。


【2015/09/04 08:31 】 | 家族 | コメント(0) | トラックバック(0) |
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