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端午の節句で健やかに
いろんな友達をこれまでにお招きしたけれど、ノワにまだ会っていない友達もちらほら残っている。ノワは♀なのだけれど、柏餅を用意して、初ご対面の友人を招き「節句会」(無理あり過ぎ?)を開催。柏餅も好きだけれど、和菓子の中でトップ3を走り続ける桜餅も持参していただいた。ケーキと紅茶も決して嫌いではないが、和菓子とお茶が落ち着くよ、これは人生の必然。

201104節句会

相変わらずお客様に大はしゃぎして、ミーアキャットのように立って飛びまくる。トイプードルの子供の頃はこんなもんだと思っていたが、Mちゃんのご近所さんのトイプはこんなテンションではないという。我が家のマンションの別のトイプも私を見るとささっと隠れる人見知りさんだ。誰に似たのかね、全く(そりゃあ親でしょ)。

201104節句会2

セミプロのRちゃんの手造りをいただいた。一応白を基調としているリビングにぴったりマッチする。ラブリーだわー。

同年代の友人たちのため、恋バナよりも健康バナに花が咲く。悲しいような嬉しいような。体調しっくりこないわ、腰が痛いわ、頭が痛いわ、眩暈がするわ、胃がもたれるわ...きりがないのでこの辺にしておくが、しょっちゅうグチリ倒している私だけれど、

「救急車呼んだし!」

というような経験がこの数年のうちにあったことを二人から逆に聞かされる。共通の友人も救急車で運ばれたらしい。少々ガタが来て正常、常に元気いっぱいが異常、ということに気づく(笑)。救急車に乗ったのは3,4年前に1回。アタシ、実は年齢平均よりもずっと健康体なのかも。


一応、こうしてGWは幕を開けた。だんなさんは珍しく金曜日を休んで後半は6連休だ。MちゃんはIT関係のフリーランサーだが、私と同様今年明けから仕事ラッシュだったそうで、ある意味日本の景気も上向きかけていたのかもしれない。5月はのんびり行こうと思っていたけれど、お定まりの出来事で、みんなが帰った後、夕刻になってバタバタと仕事が飛び込んできて、5月のスケジュールがほぼ埋まった。

「俺たち遊びに行くから、休み明けまでにお願いね~」

ということだろう、クライアント様。超一流の翻訳者さんを除けば、翻訳者はしょせんキリギリスではなくアリなのだ。というよりキリギリスであれば就けない商売である。でも、少しずつ息抜きしながらGW気分も味わいたいと思っている。嬉しいのはこの間の主夫の存在だ。家事からはほぼすべて解放させていただく所存である(いつも手抜きだろー)。

ということで、これから仕事開始。多くのサービス業&フリーランサーの仲間たちよ、頑張ろう。


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【2011/04/29 09:36 】 | つれづれ | コメント(2) | トラックバック(0) |
沼田まほかる「痺れる」-恐怖とエロスと
★ふらふらと1週間近く遊んでいたら、数日前から依頼が立て込み始め、結局はGWを前倒ししただけなようになってしまった。ああ、掃除と片付け(断捨離の残り)を済ませていれば!と相も変わらず後悔。

★不謹慎だが、キャンディーズのランちゃんが異様に若いことに驚いた。一世代上なのだけれど。私は以前からランちゃん派であり、あのような涼しげな顔が割と好きだ。美保純さんなど、この手の顔立ちの人は老けにくい。

★気になっていたシコリが少し解消。その顛末は次回に。

★10万アクセスをいつの間にか突破していた。カウント基準は不明だけれど、これまで訪問していただいた人々に感謝する。

つぶやき終わり。



OFF間にミステリを中心に何冊か本を読んだ。推理小説/ミステリ/ホラー小説/警察小説-これらは大雑把にサスペンス小説としてくくられるだろうか。ご存知のようにこのジャンルが大好きなわけだが、その中でも好みはある。どちらかというと本格的な謎解きはそんなに好みではない。舞台設定の中に人間模様が感じ取れ、文学としても上質なものが好きだ。トリックだけが前に出て、リアルさを感じられないものは好みではない。個人的な意見としては、どんでん返しの代表作と呼ばれるものに多い気がする。

リアルと言っても、実際にあり得るかどうかという意味ではない。たとえば、横溝正史氏の「八墓村」や貴志 祐介氏の「新世界より」などの世界は日常からかけ離れているけれど、ゾクゾクするようなつい引き込まれてしまうリアルさがある。人間模様を描かせたら最高に上手いと思う作家はやはりアガサ・クリスティに尽きる気がする。彼女の小説はトリックよりも人間の心理が謎解きの根底にある。「杉の棺」「鏡は横にひび割れて」などがお気に入りの作品だ。

そして、小池真理子さんや唯川恵さんの短編みたいに、ホラーと恋愛(エロス)とが上手く混じり合った作品も大好き。でも、この手のものでは、知名度は少し低いが、沼田まほかるさんの短編をお勧めする。

1948年大阪府生まれ。50代の時初めて書いた長編、「九月が永遠に続けば」で、第5回ホラーサスペンス大賞を獲得。遅咲きの大輪と騒がれた。2作目の「彼女がその名を知らない鳥」も、絶賛を浴びる。経歴は、主婦、僧侶、そして会社経営と、謎めいた作家でもあり、今後に寄せられる期待も大きい。

最初に彼女の作品を読んだとき、私と同世代くらいかなぁと想像した。後で既に初老の作家と知り驚いた。今回紹介する「痺れる」は何と60代に入ってからの作品である。

 

林檎曼陀羅/
レイピスト/
ヤモリ/
沼毛虫/
テンガロンハット/
TAKO/
普通じゃない/
クモキリソウ/
エトワール


タイトルを読むだけで想像できるようにゾクっとする中に、何とも若々しくも瑞々しいエロスを感じさせる作品群である。さすが、その謎めいた経歴どおり、何とも言えない人生の深みを感じさせるホラーなのだ。



八年前に別れた黒崎を忘れられない十和子は、淋しさから十五歳上の男・陣治と暮らし始める。下品で、貧相で、地位もお金もない陣治。彼を激しく嫌悪しながらも離れられない十和子。そんな二人の暮らしを刑事の訪問が脅かす。「黒崎が行方不明だ」と知らされた十和子は、陣治が黒崎を殺したのではないかと疑い始めるが…。

短編のみならず、こちらの長編もお勧めする。

【2011/04/27 12:50 】 | 本棚 | コメント(4) | トラックバック(0) |
手の中で花開く
最近になってやっとオーガニック化粧品に目覚めたことは前にも書いたと思う。化粧水&クレンジング&クリームはヴェレダのアイリスシリーズを使用していたが、ついに使い終えた。中でもクレンジングミルクは、ジムでくるくる顔に乗せてマッサージしているだけで、通りがかった方から「いい匂い!」と声をかけられるほど癒される香りだった。

ヴェレダをリピしてもよいのだが、季節柄やはり乾燥は気になった(年中乾燥肌だけど、花粉の飛ぶ春ごろがなぜか一番悪化する)。そこでリンク先のyukabellさんが、オーガニックの割にとろみのある化粧水があると推薦してくれた。



その一つがこのプリマヴェーラの化粧水である。

ネロリとカシスをはじめクランベリー・アセロラ・イチジク・アロエなどのオーガニック植物原料とオーガニックミルク由来の乳化剤を使用した保湿にすぐれたフェイスケアシリーズです。しっとりと肌にしみこむテクスチャーと手の中で花開く香りをお楽しみください。乾燥季節の潤いにお役立てください。

●ネロリ ……… ビターオレンジの花の精油。強い輝きをもつ甘い香り。
●カシス ……… 種子を常温絞りしたオイル+葉から得られる芳香蒸留水(ヒドロラーテ)


オーガニックにありがちなトナーっぽい感じがせず、確かにひたひたと潤う。スプレー式なのでちょっと出過ぎるところが難。一瞬で消えるけれどもネロリの強い香りが充満するのが嬉しい。クレンジングも良さそうなので追加注文。これを使い切ったらとろみ系、もう少し探求してみよう。今度私が利用しようと思っているのはこのサイト「Organic Life」

震災関連もあれだけれど、他にちょっと胸にひっかかっている心配の元がなかなか解決しない。夜、心を静めつつ、顔に吹きかけてそっと両手で覆う。香りの力は馬鹿に出来ないものだ。



【2011/04/25 08:42 】 | 美容・健康・おしゃれ | コメント(0) | トラックバック(0) |
「名前をなくした女神」-りょうが好きなんです
3.11以降、依頼がガクンと落ちた。と言ってもこれは地震の影響ではないと思う。震災の影響はどのような矢印であれ、おそらく早ければ半年後、多分1,2年後くらいに明瞭に現れてくるだろう。ということは今の落ち込みはさらにヤバい?まああまり深く考えないようにしている。それでなくても暗い話題ばかりだというのにストレスの原因をさらに増やすことはない。

一方で時間ができたので溜まりに溜まったドラマや映画を観たり、積んでおいた本を読んだり、興味のあった趣味に手を出したりなどしている。これが「丁寧な」暮らしというやつかしら(笑)。本棚のレビューも増やしていきたい。

そこで、今シーズンは「名前をなくした女神」というドラマを面白く見ている。学園物やOL物や恋愛物や嫁姑物等などは一応経験があるせいで「あるある~」or「ないない~」と感じながら見るものだが、幼稚園やお受験物は全くの未知の世界で興味深い。自分の知らない世界で、巻き込まれようもない世界を覗き見る楽しさがある。それが100%、いや50%も真実を伝えているかどうかはおいといて。桐野女史の名作「グロテスク」に描かれるような幼稚園や小学校からある付属の女子校がすべてああいう世界であるかと言えば嘘だ。でも一方でものすごく本質を突いた真実もある。

このドラマの主要なファクターには「○○ちゃんママ」という呼び方がある。これがドラマのタイトルにもつながっていると思われる。私は今までもちろんそのように呼ばれた経験はなく、知人であれば「内田さん(仮名)」、少し近づいて「KYOKOさん」が一般的である。幼稚園に行けば「ヒロシくん(仮名)ママ」のように呼ばれることになるのだろうか。それなら「ヒロシくんのお母さん」と呼ばれたいが、長い、長すぎる。

このママ友たちが幼稚園や小学校を卒業して、枠組が外れた後でも「ヒロシくんママ」の呼称は続くのだろうか。それともなだらかにKYOKOさんへと移行するのだろうか。いや、卒業と共に付き合い自体も切れてしまうのだろうか。友人たちに聞くと「所詮ママ友はママ友やから」という意見が多い。育児という共通の目的を持った、ものすごく密な付き合いをしているように傍目からは見えるのだが。

「公園デビュー」という言葉と同様、「ママ友」という言葉に、ある種の憧れと、ちょっとした畏怖とを感じている。怖いけれど楽しい「お化け屋敷」に入るような気持ち。女子高と似たようなシチュエーションであるが、子供という存在がそれにプラスされる。もちろんドラマや小説はデフォルメされた内容だとは分かっているけれど。




都内文教地区の町で出会った5人の母親。育児を通して互いに心を許しあう彼女たちだったが、その関係性は徐々に変容してゆく。引き金となったのは小学校受験なのか、それとももっと他の何かなのか。――あの子さえいなければ。私さえいなければ。5人のせめぎあう感情が胸にひりひりと迫る、著者母子小説の衝撃作!

「・・・女神」は角田光代女史の「森に眠る魚」との類似性が指摘されている。確かにそれを下敷きにしたようなところも見える。彼女の作品は「対岸の彼女」を含めさほど好きではないのだが、この小説はなかなか面白かった。未読の方は女神の続きを観る前に是非。

【2011/04/22 09:54 】 | 映画・お芝居・TV | コメント(4) | トラックバック(0) |
つぶやき特集
一人で仕事をしていて淋しいのは、ふと思いついたことを同僚に話せないこと。メールや電話をするような内容でもない。まさに独り言。ノワに話しかけてもみるが(痛)、相変わらずのとぼけた表情が返るのみ。デフォルト無言なので返事も返ってこない。


留守番ノワ


こんなときこそtwitterとも思うが、単なるバカバカしい独り言にツイート?(orリツイート?)してもらうのは申し訳ない気もするし恥ずかしい。かといって誰からも相手にされずつぶやき続けるのも馬鹿馬鹿しいし恥ずかしい。匿名でギャル(死語)になりきってつぶやこうかと思うが、つぶやきたい内容からは絶対に無理。何よりメールを打つのさえだるいのに、携帯でつぶやくのはなおだるい。ご存知の通り、書き始めたら延々書き続けてしまう癖もある。そんなこんなでつぶやきが溜まっているナウ。

★「おねえさん」ネタを数日前に書いたら、ケンミンショーで偶然にも関西のおばさんは「おねえさん」と呼ばれたらみな振り返るというエピソードが紹介された。40代どころか、関西女性は死ぬまで「おねえさん」だったのだ。

★竹本孝之氏を多分20年ぶりくらいに某テレビ番組で観た。別にファンではなかったが「陽当たり良好」は好きなドラマだった。昔のアイドルがあの人は今・・・的に出てくると見る影もない場合が多いが、竹本氏は十分に中年俳優として2時間ドラマの主役張れるんちゃうん?(既に出ていたらすみません)というルックスを堅持していた。

竹本孝之2 竹本孝之1

薄い顔好きの私は吉川氏の方がタイプであった。

吉川こうじ

こちらも割といい感じに歳をとっている。

ついでに言うと、昔の竹本氏は今の徳井君にそっくりだと思うのだが。

★東電の会見他、様々な番組を見ていて、話している内容よりものっけているカツラが気になってたまらなくなる。皆お金はあるはずなのになぜあんな不自然な・・・


★歳をとっていくと性別もmixされていくのだろうか。おばちゃんのようなオジサン、おっちゃんのようなオバサン。最近、意外な人に似ていると立て続けに言われた。一人目がパーツモデルの金子エミ嬢である。

金子エミ

個人的には似ていると思わないのだが、何せパーツの美しさは雲泥の差である。そして、二人目がしずるの村上純。

村上純

村上純って・・・男じゃん! やっぱり髪伸ばそうかしら(笑)


つぶやきネタさらに溜まる。

【2011/04/20 09:31 】 | つれづれ | コメント(0) | トラックバック(0) |
ハナ サケ!ニッポン!(続)
ハナサケニッポン


地元の桜は半分は散ってしまった。あんなにお花見に行こうよ、と誘ってあげたのに、やっとだんなさんが重い腰を上げる。

奥京都?それとも吉野(奈良)?とワクワク。

吉野桜

今日はもう遅いし、万博公園か摂津峡に行こうという。近っ。桜散りかけてるしっ。

摂津峡

でも、やる気満々のノワの顔を見て、昨日の居酒屋KYOKO亭の残りをかき集めてお弁当を作ったのである。私にお弁当を作ってもらったのは人生で4度目だという(あら、そう?)。やればできる子なのだ(笑)。

摂津峡の桜は半分散っていた。ギャラリーは多かったけれども。少し機嫌を損ねた私に「来週は僕がお弁当を作る」と宣言してくれた。どこに行こうかな。サケとお弁当を手に。


今日も飲もうよ!


追記:さっきTVで、お花見のいいところは必ずみんなが上を見るところ、下を見るんじゃなくって、とどなたかが言っていた。夜の星ではないけれど、見上げてみよう、時には上を。




【2011/04/18 09:41 】 | つれづれ | コメント(0) | トラックバック(0) |
ハナ サケ!ニッポン!
被災地周辺の野菜も買ってあげたい気持ちはあるが、大阪では地元の野菜や西日本の野菜で潤っている。地産地消も大事だと思うのだ。しかし、毎日のように消費しているもので貢献できることがある。

東北の酒造業者たちが立ちあげたサイト「ハナ サケ ニッポン!」が有名になっている。

ハナサケニッポン


岩手県、宮城県、福島県は、日本有数の酒どころで、酒造りは大切な地場産業である。節電や買い占めしないなど慎むべき行動はもちろんありが、被害の少ない地域や大都市に住む人々がいちばん被災地の力になれるのは、「ふだん通りの行動の中で、なるべく被災地にお金を落とし続ける」「被災地に代わって消費を支える」ことだ。もし被災地の声に耳を傾けてくださるなら、東北の食材やお酒をもって花見に出かけよう。

どうせ毎日晩酌をしているのならば、東北のお酒を飲めばよいのだな。



楽天市場で復興支援を行っている酒屋のサイトは数々あるが、このお店は福島県にある。是非とも応援してあげたい。



日本のワイン、あまり日頃は飲んでいない。でも、この高畠ワイナリーのワインは何度か飲んだことがある。国産ワインというと山梨が思いつくだろうが、実り豊かな葡萄の産地、山形県高畠町にも素敵なワイナリーがあるのだ。一度行ってみたいなぁ。

高畠スパークリング あだたら吟醸

友人たちを招いて急遽居酒屋KYOKO亭を開くことにした。高畠スパークリングと、福島県地酒「あだたら吟醸 奥の松」(蔵元:「奥の松酒造」)を開ける。奥の松は辛口好きの私には甘すぎるきらいもあるが、女性も飲み易い癖のない味である。Mちゃんの舌にも合ったようだ。

20111416KYOKO亭
(二度目の生春巻きパーティ。副菜にミネストローネ、ブリ大根、茄子と鶏のチリソース。全く一貫性なし)


今日も飲もうよ!

【2011/04/18 09:26 】 | つれづれ | コメント(4) | トラックバック(0) |
誰の中にもある小さな「種」
余震が止まらない。ここ大阪は大丈夫だけれど(これを機に西日本のプレートも活発化する恐れがあるという説もあるが)、福島が震源地と聞くとびくびくする。


以前にも書いたことがある気がするが、「雀百まで踊り忘れず」という諺がある。ちょっと趣旨がずれる気がしないでもないけれど、幼い頃の嗜好や習慣はやはり一生影響を及ぼす気がする。その点で言えば幼児教育も重要なのかなと思わぬでもない。子供がいたらはたして私も習い事を数々させる「お受験ママ」になったのだろうか、「名前の・・・女神」たら何たらいうドラマを何の気なしに見始めてふと思った。

小さい頃からスポ根少女である一方、本好きの女の子でもあった。放っておくと延々と本を読んでいるものだから、無知な母は自閉症を疑ったらしい。その中でもはまって、学校の図書館で何度も何度も繰り返して借りた本が「ファーブル昆虫記」と「ギリシャ神話」だ。


 
(やっぱり、スカラベ(フンコロガシ)の1巻がイイね)


ここで、生物学という理系の道と、文学という文系の道を目指す2つの道があった。「学習」ならぬ「科学」を愛読していた私は、科学を愛する種も一応持ち合わせていたはずだ。結局は後者の道をひたすら突き進んでいる(しかし、今の仕事の内容は理系的知識が必須である)。それ以外にはまった本は「怪人二十面相」も嫌いではないものの「怪盗ルパン」や「シャーロックホームズ」シリーズであった。つまり、大好きだった本はすべて海外翻訳物だったわけである。日本昔話ではなくギリシャ神話に強く惹かれた私が、翻訳の仕事をしていることにはきっと何らかの相関性があろう。


 
(推理小説好きはここから始まった)


ギリシャ神話は、大人が読んでも面白い、深遠な意味が数多く隠された物語である。いみじくも石原氏は「天罰」と言ったが、ギリシャの「海の神」ポセイドンは、地震や津波の神としても知られ、矛を振り上げると高波が起きる。神の怒りに触れた場合、人間はその報いを受ける。古代ギリシャの人々は天変地異を、神という超自然的存在のみわざと考えたのである。神話の話をすると長くなるのでこの辺で。


人間の一生って、小さな頃に見つけた「種」を大事に育てて、何らかの木に育て上げたり、花を咲かせたりするものなのかもしれないななどと思う。何も、立派な学者になったり、有名な芸術家になったりするだけではない。お料理好きだった女の子が家族に美味しい料理を毎日作ってあげる、スポーツカー好きだった男の子が工場で車の部品を作っている、手先の器用だった女の子が手芸を一生の趣味として楽しく暮らしている--そんなこと。




【2011/04/14 09:42 】 | 本棚 | コメント(4) | トラックバック(0) |
「震災再婚」と「震災離婚」
こんな国難時期でありながら、一時期はさすがに減ったものの、SPAMメールも少しずつ復活してきた。メルアドは、買物用などのものと、仕事用のものを2つ使っている。いざとなれば前者の捨てアドは変更するつもりなので、SPAMが届いてもあまり気にしていない。騙される人が本当にいるのかなぁといつも疑問なのだけれど、SPAM業者も必死なのだな。これについてはまた次回。


こんな大災害の時は、家族の絆が何よりも大切になることが様々な報道を見ててよく分かる。他人事ながら、どの家族の再会の場面を見ても涙が流れそうになる。

しかし、しかしだ。被災地、非被災地を問わず、その逆のことを実感した人々も多かったのではないかと想像する。一時期「成田離婚」という言葉が流行った(?)が、「震災離婚」という言葉も阪神淡路大震災のときに生まれたと記憶する。

岩手県釜石市では、3千人近い小中学生のほとんどが無事に避難した。背景には、古くから津波に苦しめられてきた三陸地方の言い伝え「津波てんでんこ」があるという。「津波てんでんこ」(「てんでんこ」とは「てんでばらばらに」の意。自分の責任で早く高台に逃げろの意味)に基づいた防災教育が彼らを救ったのだ。

というように、津波の場合は人のことなど気にしていてはいけない。たとえ家族でも、自分が自分の身を守ることが大事になる。津波以外の災害でもこの言葉が当てはまるのかもしれないが、そこまでせっぱつまった状況ではない場合を考える。

日頃、家では寝てばっかりの「グータラ親父」が、素早く妻子の盾となり、地震が治まった後も、迅速に避難の手配をして、家族に的確な指示を出す。その後、節電やボランティアなどの活動に励む、もしくは自分の職務を真っ当に果たす。「惚れ直したぜ、おい」。やる時はやる奴だったのだ、と愛情がふつふつと沸いてこよう。仮にこれを「震災再婚」と名付ける。

問題はその逆。慌てふためきパニクり、全く役に立たない、あるいは妻子を守るどころか一人で逃げ出す。地震が一応おさまった後は、大量に物資を買い占め、手に入りそうになければ店員らを罵倒する。一致団結すべきところを、家中の電気をつけて回ったり、平気で家族分のミネラルウォーターを飲み干したりする。「こいつ、殺したろか」と殺意が目覚めそうだ。

人は本当に思いがけない行動を取るものだ。「あの人がまさか!」ということが本当にあるのだ。昔、私の憧れの夫妻がいた。美男美女でお金持ち。奥様は私の大学の先輩で、旦那様は有名大を出て、地位も名誉もある名家の出、穏やかなまさにひとかどの人物であった。しかし(私にとっては)青天の霹靂、突然に離婚したのである。後で分かったが、刑事事件になるのは何とか免れたものの、その夫君は覚せい剤の常習者であったのだ。先輩も発覚するまで全くその兆候に気づかなかったという。

交際期間を入れると、だんなさんとは20年以上の付き合いになるが、彼の行動の想像はできても確信はできない。このような大災害に限定されず、いざ!という切羽詰まった状況に立たされたとき(破産、大病、予想だにしなかった災厄等々)、人の地金が見える。自分自身ですら思わぬ自分の姿に驚きそうな気がするのに、他人の行動を正確に予測するなど不可能だと思う。ただ希望的観測を抱くのみ、愛ゆえに。

ちなみに、だんなさんは避難所の風景を見て、

「1個しかおにぎりが配給されなかったら、KYOちゃんにあげるからね」

と言った。相変わらずの人だ。


注:上記は私(妻)の視点から書いたが、もちろんvice versa(逆もまた同様)。そして、夫婦のみならず、多くの職場で同じような発見がなされたことだろう。



【2011/04/11 09:25 】 | つれづれ | コメント(3) | トラックバック(0) |
ねえ、そこのおねえさん
一気に暖かくなったね。週末はお花見日和だ。お散歩コースも桜並木に変更してノワに見せてあげている。


スーパーに買い物に行き、レジに並ぼうとしたら、高校生らしき制服の男の子とちょうどバッティングした。すると、男の子は、

「お姉さんが先ですか?」

と聞いてきたのである。「お姉さん」って! ごく普通の今時の子であるが、それだけで可愛らしく見えてくる不思議(笑)。

日頃は年齢とか別にこだわってないし~という顔をしているけれど、こういうところで馬脚が出る。でも、冷静に考えれば、見知らぬ女性に呼びかけるときの言葉って難しい。店員ならば「お客様」でよいが、客同士などや行き連れの人同士であれば何と言えば良いのだ。最も適した呼びかけ「おばさん」も少々失礼な気がする。「お母さん」や「奥さん」も、私違うし、ということが十分あり得る。「あの~」とか「すみません」とかで逃げるのが無難かと思う。

ちなみに、私はおばさんと呼ばれることが滅多とない。もっとも、これは別に私が美魔女とかいう恐るべき40代だというわけではない。子供がいないので「○○ちゃんのおばちゃんよ」などと自己紹介する機会がないし、しょっちゅう会う小さなお友達がいない。それに、実際の姪も、姉が早婚だったせいで私が20代の頃からの付き合いだ。そのために「KYOKOちゃん」だとか「KYOKOネエ」と呼ばれている。「パートのおばさん~」と声をかけられる職種でもない。あまりないが、小さな子どもと話す機会があればもちろん「おばちゃんはね」と自称しているが。

逆に言えば、「おばちゃん/おばさん」と呼びかけられたら「え、誰のこと?」(そりゃあなたでしょ)とマジでぼけたおすかもしれない。

「おばさんと呼ばれ続けるとおばさんになる」という説もよく分かる。だが、明るい大阪のおばちゃんと慕われるのは決して悪くない。「おばさん」っていうよりも「おばちゃん」ね。「おっさん」だとウザいけど(笑)、「おっちゃん」は可愛い男性であるように。ただそういうキャラでないため、理想的には「おば様」とつい呼びかけてしまうようなマダームな女性にも憧れる。

昔なら30代くらいが通った道である。アラフォーブームとかいう現代では40代女性が通る路である。


注:上記の少年は、多分私を「お姉さん」と思ったのではなく「お姐さん」と思ったのである。関西ではよく、40代~50代くらいの女性に対しては「おねえさん」という呼称を使う。もっと若い女性には「おねえちゃん」。60代~は「おかあさん」などが多い(「あんたみたいな子生んだおぼえはないで」と返されることあり)。「べっぴんさん」もごく稀にあり(笑)。


【2011/04/07 09:39 】 | つれづれ | コメント(2) | トラックバック(0) |
20年後のニッポン
ご存知の通り、私がブログを書いているここは大阪。

「経済を回そう」というほど大口は叩けないけれど、ここは関西人、頑張って買物もするし、仕事もするわと思っていた。ところが、全く変わらず仕事をこなしている友達もいることはいるが、周りの友達およびその旦那様に聞いたところ、材料が復興関連に回されてキャンセルとなり、仕事が急に暇になった人々も多いそうだ。東大阪などは中小製造業者が多い「モノ作りの町」でこの辺も今から段々物資不足で困った事態になるかもしれない。食べ物の卸で働く知人も、「大阪でもこれから物が手に入りにくくなってくるよ」と言っていた(だからと言って、買占めをするつもりはないけれど)。タバコも個数制限が始まった。これを機に禁煙しようよ。

それはそうだよな。全部つながってるもの。週末に美容院に行ったが、私よりずっとサンプル数が多いと思う美容師さんも、様々な職種のお客さんから同じような話を聞くという。入学や卒業のこの時期、稼ぎ時の美容室もなぜか去年より売上が相当ダウンしたそうだ。毎年恒例の地元のお花見フェスティバルも中止となった。

なんだかんだで一向に明るい話題が出てこない。といって後ろ向きになってばかりいても仕方がない。だが、本来ネガティブシンキングかと思っていた私は、意外とポジティブシンキングな人間かもしれないとふと気が付いた。それは他人事だと思っているからだよ!とお叱りを受けるかもしれないが、同じ日本、同じ地球に住んでいる以上、他人事ってあり得ない。関西が無事だと思いこんでいる人はいまい。原発頼みは東京以上だし。


戦後65年。終戦時、東京は焼け野原だったそうだ。広島と長崎には原爆が落とされた。地震も怖いが、日本全土いつどこから落ちてくるかもしれない爆撃も怖い。祖父の兄弟は戦死した。でも、私が物ごころついた時には十分に文明の恩恵をこうむっていた。「蛍の墓」のような生活を送った子供たちがいたとは想像だにしなかった。そして、終戦からたった20年後には東京オリンピックが開催されて、全世界から東京に人々がやってきた。最近の20年だけを見ていても、科学技術の進化のスピードは目覚ましい。エコ家電だってどんどん進化している。「もったいない」という言葉から分かるように、資源のない日本は世界と比べて格段に効率の良い資源利用を行っている。

この日本の底力というか、火事場の馬鹿力というか、賢い人は本当に賢いのだわ、と驚嘆する。日本人は何人ものノーベル化学賞の学者も生んだ。オイルショックで石油依存から抜け出したように、原発ショックから新たなエネルギーを開発する力は絶対にあると思う。太陽光、地熱、バイオエタノールなどのバイオエネルギー等々。これからの20年で、新エネルギーや節電技術、無人ロボットや汚染処理技術、その他様々な分野でその馬鹿力から新たな技術革新が急速に進んでいくんじゃないかなぁと思う。それらを海外に売り込んで、長い不景気から脱却し、奇跡の復活を遂げる。その役割の一部を担う実務翻訳の未来も決して暗くはないよね。

遺伝的に見て私は、天災や事故や人災に遭わなければ約25年後、頑張れば30年後くらいに、「さすがだわ、日本。昔ね、大きな地震があってね・・・」と老人ホームで若者相手に昔話をしながら死ぬ予定である(笑)。


PS.今手がけている案件はちょうどLED関連。従来の白熱電球などよりもずっと節電効果が高い。LED照明の開発も加速するだろう。私の仕事もちょっとは増えるはず?





【2011/04/04 08:46 】 | つれづれ | コメント(0) | トラックバック(0) |
「知らない」ことと「知る」ことと
姪は二人ともスマートフォン使い。周りでもスマホ使用者が少しづつ増えてきた。やっぱりこういう新メカ(メカという程ではないかもしれないが、アナログな私にとっては結構敷居の高い新機械)は頭の柔らかい若者から普及していく。彼女らはTVはほとんど見ない。ニュースはほとんど携帯でチェックするという。

スマホ

一体何が役立つのか・・・と思っていたら、まずは梅田の劇場へ二人で行かせることになったとき、地図を書いてあげようかというと、スマホでナビするから大丈夫だという。その後、心斎橋で待ち合わせるまでにも結構時間があったのだが、その間もスマホが活躍したようだ。大阪の地理、大丈夫かしらと思ったのが杞憂だった。もちろん、これは1つの機能にすぎず、様々なアプリを活用しているという。



この震災の際にはご存知のようにtwitterが大活躍したらしい。私はアカウントは所有しているもののまだつぶやいたことはない。これが関東大震災の頃ならば、固定電話も通じず、安否を知ったり、情報を得たりするのにどれほど気をもみ、苦労したことだろう。今回も携帯電話やメールは不通となった場所は多かったが、知人の安否確認に役立った。

その一方で、私の元にもチェーンメールがやってきた。チェーンメールの定形のような「○○に勤めている友人が」、「○○を直接知る者から」などという文であったため信用することはなかった。だが、それを送ってくれた友人も悪意からではなく、真の善意からであるところが厄介なところだ。

これだけの災害とあって、恐ろしいがまでの情報が行き交っている。商売上、PCを常時覗いているため、ついつい様々な情報をリサーチしたくなる。TVに出てくる有識者や専門家の意見ですら食い違う。チェーンメールのように、「○○に勤めているモノからの内部情報だが・・・」というようなもの、リソースが明らかではないがその人が真実だと確信しているもの、人々をわざと恐怖に落とそうとしているかのような過激なもの--。

関東大震災時には「井戸水に毒が・・・」という流言飛語が飛び交ったそうだが、今もそれに近いものがないでもない。こんなときにありがちな予言モノも多い。一方で一読しトンデモ話だと思うことが、歴史が証明するように実は真実、いかにも信憑性が高い話だが実は根拠のないデマ。「デマに惑わされないで」とACは訴えるけれど、そんなこと言われずとも当たり前だ。デマだと確信できないから惑わされるのだ。

玉石混交の怒涛の情報の渦の中から真実だけを拾い集めるだけの知恵も知識も、残念ながら私には欠けている。また、できる限り多くの情報を吸いあげ、それを取捨選択するには、知恵だけでなく強い精神力も必要なのだろう。ある人々からは「情弱!」と馬鹿にされるであろうが、もう情報はいらんわ!と思うことすらある。過敏な人は負のエネルギーだけを吸い取って体調不良に苦しんでいる(本当に大変なのは被災者だけれども)。

発信する側、受信する側、双方の現代人にとって、「情報」というものをどう利用し、捉え、向き合い、付き合っていくのかは大きな課題である。「知らない」ことも怖ければ、「知る」ことも怖い。これについてはまだまだ書きたいことがいっぱいだ。


PS1:個人的には、とりあえず浮き立った神経を鎮めるため、今はNHKのニュースと、原発関連については「IAEA」のサイトをチェックするくらいにしている。このサイトは当然英語だけれど(日本語版ある?)、原発用語に慣れたせいか意外と読みやすい文体なので、翻訳者の皆様なら(笑)読む分には苦労しないと思う。燃料系の仕事の経験がないではないので勉強がてら興味深く読んでいる。

PS2:人の持っている物欲しがりの癖は子供の時と同じ。お見通しのだんなさんからは「スマートフォン買うでしょ」と指摘された。でももう少し先かしら。



【2011/04/01 08:55 】 | つれづれ | コメント(2) | トラックバック(0) |
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