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週末は父の三回忌のため、実家に滞在。9月でめっきり涼しくなったと思いきや、ものすごい直射日光にやられ、危うく熱中症にかかかりそうになる。
9月15日は父の命日で、そう言えばあの日の葬式辺りも熱波にやられた記憶が蘇ってきた。そこから、ぞろぞろと車を連ねて料理屋に向かい蟹尽くしの会食。なぜか我が親戚たちは蟹が好きなようだ。 父親が亡くなってからは沈みっぱなしの母だったが、来週の3連休はお友達と北海道旅行というのだから心配には当たらなかったか。その日も朝4時起き!でお墓の掃除をして犬のシュンのお散歩。お墓への坂道を登り、へとへとで倒れかけの私を見て、こんなのウォーミングアップみたいなもんだとほざく。どんだけ元気〜。安心した。 父親は何度か書いたかもしれないが、私にとってはどこやらの「パパ」のような人だった。彼は自分の仕事と遊びが何よりも第一で、私は強いて言えば可愛い犬みたいなもの。一緒に旅行したり、遊びに連れて行ったりしてくれた記憶はあまりない。その代わり、何か食べてこい、何か買ってこい、とお小遣いはしょっちゅうくれた。名前を呼んで、頭をなでて、骨をねぶらせて、よしよしと言って終わりだ(比喩ですよ!) だから父親らしい躾や説教なんかも受けた覚えがほとんどない。まあ私は表向き(笑)割と優等生タイプだったりして、面倒を掛けたりするようなむすめではなかったこともある(自分で言うか)。ある日、大学受験に向かう朝、パパがいたので「駅まで乗せてって」と頼んだら、「おう♪」(フットワークはめちゃ軽い)と車を出してくれた。そして「どっか遊びに行くんか?」と聞く。マジでずっこけた。結局その大学に通うことになったのだけれど。 私がどんな学校へ行き、どんな会社に入り、どんな夢を持って、どんな人と結婚したいと思っていたか、ほとんど興味がないように思えた。話し合ったこともない。私が楽しく、チャラチャラ綺麗な格好をして、機嫌良く毎日を過ごしていれば、それで十分満足だったのかもしれない。私が連れてくるボーイフレンドも父親という目で見るというよりはすぐにお互い男友達になってしまうのだ。しかし、今となっては父親の本意を聞く機会はない。 それが周りの家庭とはいっぷうかけ離れたものなのか、私が何らかの事件を起こしたならば、父親からの心の愛情を実感できていないとエレクトラコンプレックスのような心理分析がなされるのか、いや、すべては後付けで(あ、すべてではないな、確かに問題な家庭は存在する)、普通の家庭なんて探しても滅多にないもので、皆それなりに何らかの違和感を家族関係に感じつつ大人になっているのだろうか。 とはいっても、私は父親が好きだった。今でも実家に帰ると、いるべき人の不在に寂しさがよぎる。三回忌だ七回忌だ、いろんな行事に意味はあるのかと思うこともあるが、何十人の親族が集まり賑やかに過ごすことは、さびしがりだった父親にとっては意味があると思いたい。そして父へのみんなの記憶がまた少しばかり鮮明になる。 私は帰省するたび、すぐにああ疲れたと実家の冷蔵庫を覗き込む。お茶を入れてソファーでぐったりする。ふと気がつくと、だんなさんは仏壇の前で最初にお父さんに挨拶をしている。今回もやはりそうだった(苦笑)。 |
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